9月23日の国連気候行動サミット。国連本部の総会ホールで行われたグレタ・トゥーンベリの、厳しい表情での4分余りのスピーチには、心からの衝撃を受け、深く感銘を受けた。「あなたたちは空虚な言葉で、私の夢を、私の子供時代を奪った」。

物理学者で、実現はしなかったが、巨大な宇宙船オリオン号の計画にも関わったフリーマン・ダイソンは、著書『宇宙をかき乱すべきか』のなかで、ドレスデンのある少女から受け取った一通の手紙について書いている。その手紙は、次のようなイェーツの詩の引用で終わっていたという。

私はあなたの足もとに、衣装を広げたい
だが私は貧しくて、夢だけしかもっていません
私はあなたの足もとに、私の夢を広げました
そっと踏んでくださいね、私の夢を踏むのですから。

素敵な詩だなあ。だからこの詩のことはずっと忘れられない。フリーマン・ダイソンもこの手紙を読んで、そうだ、誰かの夢を踏むのだから、そっと踏もうと心に誓う。しかしこんな詩が力を持つのは、それを受け取る人の感受性が、フリーマン・ダイソンのように豊かであるときに限られる。おそらくこの手紙を彼が受け取ったのは1948年のことだが、今のわれわれの感受性は、あの頃より豊かになっているのだろうか?他人の夢を踏んでいるとも気がつかない、いや、成功のためにはいかに他人の夢を数多く踏みつけるかだと考えるような感性が、蔓延してはいないだろうか?もしそうなら、イェーツの詩もドレスデンの少女の声も、瞬く間にかき消されてしまうだろう。グレタ・トゥーンベリの怒りに震えた言葉も理解できる。あんな言葉を語らねばならなかった彼女の辛さを思いながらも、私はよくぞ言ったと拍手を送る。
よくもそんなことを、How dare youとはかなりきつい表現だが、彼女はその言葉を繰り返していた。こんなストレートな怒りの発露は、若さの特権だ。
そして彼女の言う「あなたたち」とは、このホールに集まった聴衆やサミットに参加した政策決定者たちだけではなく、私やあなたを含むすべての「おとな」、とりわけ彼女のスピーチをyou tubeその他のメディアで見聞きできる私たちすべてであることは間違いない。少なくとも私にはそう聞こえ、恥じ入る思いがした。

「あなたたちが話しているのはお金のことと、経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。よくもそんなことを。」
まったくその通りで反論の余地はないのだが、私は「おとぎ話(fairy tales)」という言い回しにハッとしてしまった。アートの必要性を語る際に、私も『シンデレラ』や『星の王子さま』、『千と千尋の神隠し』といった諸作品を引用することが多いからだ。もちろんすぐに、彼女がこの言葉を使う意味はよく理解できた。いわゆる「子供だまし」のおとぎ話。なんとも皮肉な状況じゃないか。16歳の娘が、そんなおとぎ話を信じている大人たちを糾弾している。多分、それを信じている大人の方も、本当に心底信じている連中か、信じてはいないが、今は信じているふりをしておいたほうがとりあえず得だろうと考えている連中か、どちらにしても同罪ということになる。グレタが永続する経済発展を「嘘」とは言わず、「おとぎ話」といったことに、私はすごく納得したし、なんだかんだ言っても、このストレートな一言にすべてが言い表されている。
(2019/12/01)

『宇宙をかき乱すべきか ―ダイソン自伝― 』フリーマン・ダイソン著 鎮目恭夫訳 ダイヤモンド社 1982