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芹沢さま
 
CaiとcAIの関わり合い、興味深いですね。対話を積み重ねた「導師」がどれほど蔡さんに影響を及ぼすのかとても気になります。
芹沢さんから聞く蔡さんのエピソードは、いつも破茶滅茶ですよね。皆が火の手を気にして大騒ぎする中、真っ白な煙の中で「綺麗です」と微笑む蔡さん。あぁ失敗したなと反省する時、その光景が頭に浮かび、まぁいいかと思える時があります。
 
そういえば、最近、ジャ・ジャンクー監督がAI生成を使って短編映画をたった三日間で作り上げたと知り驚きました。蔡さんもジャ・ジャンクー監督も、道具との距離感が上手な人は使いこなし方も流石です。AIもハサミも、なんでも使いようだなと改めて実感しました。「映画はいつも技術の進化に合わせて進んできた。デジタルカメラがフィルムを殺さなかったように、AIはただそれをよりはやくシンプルにするだけだ。」と監督は答えていました。
 
伸るか反るかの博打打ちが、結局身一つの世界に戻っていくという話も、すごく共感します。SNSやWEB上の記事がAIの作ったものだらけになったとき、はじめは物珍しくてスワイプする手を止めて眺めてしまう。しかし、これも「虚」あれも「虚」。さらには、本物かどうか見分けもつかなくなる頃には、「実」であっても、疑いの眼差しで見てしまう。
そうなった暁には、それがSNS時代の終焉なのかもしれないなと感じています。
無価値になり枯渇し「生」の情報を求める。フィルムが死ななかったように。
 
AIが誰のクローンになるのか、誰の影響を最も受けて育っていくのか。cAIと投資家AIの性質は、まったく違いますよね。「因果の梯子」を提唱したジューディア・パール教授はAIを「高価なオウム」だと表現しました。相関関係と因果関係の違いを理解するには数学的な限界があり、まるで影を見て本体を推測するようなものだといいます。
 
先日宮崎椎葉村の映像を見たのですが、「のさり」という言葉が当たり前に使われているところを初めて目にしました。
お爺さんが蜂蜜を採っているのですが、蜂は世話だと認識しているのかまったく刺しません。蜂の巣の一部を分けてもらう。「今年も、のさった。」
「のさり」は主に天草や水俣、鹿児島、奄美など南九州にかけて使われる方言のような、概念のようなものです。良いことも悪いことも天からの授かりものとして捉える考え方で、大漁も「のさった」ですし、病や台風などの天災も「のさった」と言います。
他のどんな言葉にも置き換えられず「のさり」は「のさり」としか言えません。侘び寂びが言語的市民権を得て、そのまま変換されずに「Wabi-sabi」となったように、その地域にしかない言葉はその地域にしかない概念そのものなのです。
 
年々AI中心のデジタル世界が拡張し、土地固有の情報、つまり「土着」というものの重要性が高まっているように思います。AIが持ちえないものの一つとして、土地と繋がりを持つ土着性も人間を人間たらしめる重要な要素なのかもしれません。
この土地だからこそ、この風土だからこそ生まれた。
そういう環境との密接な関係性が人間の文化には色濃く影響を及ぼしています。
P3のコンセプトでもある「精神とランドスケープ」と共通するのかなと勝手に思っているのですが、その地域だからこそ生まれた文化のようなものがこれから大切な苗になっていくと思っています。
 
2016年にラオスで初めてプロジェクトのことをお話した時は、まだアイデアの種のようなものだったので、とにかく自分が撮影して回るというイメージしかありませんでした。その7、8年ほど前の2008年頃、タイ、ラオス、ミャンマー、雲南の国境地帯を旅した時に、泊めてもらった村の子どもたちに一晩カメラを預けたことがありました。残されたデータには、他者には決して撮れないであろう家庭の風景が写っていました。
子供を見つめる両親の柔和な眼差しがレンズに向けられていて、こんな表情は何年密着しても撮れないだろうなと、一目で分かりました。
 
2016年から2022年の間に、世界中で保有されるカメラの数は飛躍的に増えました。スマートフォンがくまなく普及し、スクリーン上映にも耐え得るレベルのカメラをこれほど多くの人が所有した時代はありません。普及率も画素数もますます上がる一方です。そして、この数年でDAOやweb3(非中央集権型)によって可能になったこともさらに増えました。今はArweaveのように低コストでデータを最低200年間、半永久的に分散型ストレージに保存する仕組みもあります。
 
最古のメディアでもある「唄」や「物語」を直線的に結んだ映像の列としてではなく、不定形に集まったドキュメントの固まりとして、ブロックチェーン上に刻み込む。
世界各地から集まった未だレコーディングされていない唄や、作者不詳の物語。辺境地側から描かれる世界地図をAIに、未来の人々に口伝えする。
プロジェクトの最後の最後には半永久的な長期保存を行えたらと思っています。
 
大島渚監督は「敗者は『映像』を持たない」と著書の中で語っています。
戦争記録とはケースは違いますが、辺境の文化を、辺境に暮らす人々の手によってCloudに刻印する。国外のジャーナリストが撮りに行くのではなく現地の人たちの行為によって保存されたものであってほしいという思いがあります。
 
国を跨いで収集してこそ見えてくるものがあると思っています。沖縄の唄者がヒマラヤ山脈の奥地で歌われる民謡のメロディーを聞いて、昔、島にそっくりな唄があった、と言っていたそうです。母語話者同士にしか気付けないような類似点もまだまだ多く残されているでしょう。
 
200年後の人たちへ記録として残したい語りはあるか?
はじめから数は多くなくてもいいので、まずは地道に、日本各地の民謡、民話に興味のある人たちやインドとラオスに住んでいた頃の知人、留学生たちに話してみます。DAOの仕組みも最初は簡略化して、Communityのような形で、立ち上げメンバーを募ってシンプルに始めてみようと思います。
 
つい先日、芹沢さんの著書『この惑星を遊動する』が手元に届きました。奥付を見てみると1996年3月25日初版と書いてあります。今からちょうど30年前に書かれたこの本の「インターネット時代にもうひとつの生き方を求めて」という副題や辺境、先住民サーバーの章など。共鳴するところがたくさんありました。
往復書簡を経て、このプロジェクトを立ち上げることができれば、まさに本望です。
色々と迷いはありましたが、ジャン=リュック・ゴダールが「私たちに未来を語るのは、アーカイヴである。」と語ったように、記憶を紡いで累積させた集合知から未来を描くのもまた人間らしさなのだと思っています。
 
もうすぐ、3.11から15年になりますね。
先日、芹沢さんと森司さんが「災禍と災禍の間に我々はいる」と仰っていましたが、この数日でまた激動の時代に突入した気配を感じています。
名もなき開拓民として、一隅を照らす者でありたいです。
 
2026年3月5日 川口弘貴

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川口さん
 
お返事ありがとう。もうこの書簡の往復も9回目になるんですね。毎回刺激をいただいて嬉しいです。
 
ジャ・ジャンクー、三日で映画作ったのか!すごいねえ。いや早いからすごいとか、AIに頼っていいのかと憤ったりするわけじゃなくて、彼のAIに対するサバサバした態度がすごいなあと思いました。その映画観て、心動かされるかどうかはまた別の話。蔡さんもそうだけど、道具に対するこだわりのなさは清々しいと思う。確かに、デジタルカメラはフィルムを殺してはいない。フィルムが殺されないように大変な努力が払われていることは知っているし、デジタルカメラを使っているぼく自身も、フィルムが殺されないようにできる限りのことはするつもりだが、そう考える人がたくさんいるからこそ、まだフィルムは生き残っているのでしょう。
 
で、手紙を読んでいて、こういう態度と、その「のさり」という感覚、深く通底しているようにも思えました。良いことも悪いこともすべて天からの授かりもの、その感覚、とても好き。というか、自分は椎葉村に生まれ育ったわけじゃないけど、これは自分の感覚だなあと思う。ぼく自体、そんな想いを持ってここまで生きてきた。それは、たぶん間違いない。
 
しかしさらに考えると、生まれも育ちも椎葉村ではない自分が、そして当然「のさり」という言葉も聞いたことがない自分が、まったく同じとは言えないだろうが、同じような感覚を持っていると共感するとはどういうことなんだろうと考えてしまいました。確かに「土着」なのだが、「普遍性」を獲得し、異なる「土着」民にも理解可能な、さらには共感可能な感覚はある。と言って、ぼくは「標準語」の話をしたいわけじゃない。
 
最近、歳のせいかわからないけど、ますます「言葉」から離れ始めている自分を感じます。写真や音楽に敏感な川口さんには当たり前かもしれないね。言葉はすごい道具だし、共感を伝播させていく上でも重要なものだけれど、なんでも言葉化しようとする、あえて言えば言葉化を強要される現代においては、言葉以上の何か、身体的な伝達手法の可能性に強く惹かれ始めているのです。
その土地が育んできた、かけがえもない身体や言葉はある。それを違う身体、違う言葉が共鳴しようとしても限界はある。しかし限界はあるが、伝わっていく波動はある。まあ、古くからある「土着性」と「普遍性」の話なんだろうね。
 
ぼく個人の思い出としては、大学で建築を習っていた頃、「インターナショナル」か「ヴァナキュラー」かという議論があった。「近代建築」の潔さ、かっこよさには十分惹きつけられたし、まったく嫌いじゃないけど、いまや末期資本主義と合体して、世界中どこに行っても均一でツルツルで、のっぺらぼうな書き割りのような建築ばかりになってくると、ほとほと嫌気がさしてくる。これが「普遍性」なのか?普遍性といえば、フラーのように「宇宙的」、「ユニヴァーサル」な視点の方がより普遍的だと思うが、ぼくはフラーの家や都市にも住みたくはない。
建築を学んでいた頃、もっとも惹きつけられたのはバーナード・ルドフスキーの『建築家なしの建築』1という本だった。今でも一番好きな一冊と言っていい。これはニューヨーク近代美術館で開催された展覧会に合わせて作られた本だが、この展覧会を強烈に推薦したのがワルター・グロピウスやリチャード・ノイトラ、ジオ・ポンティとか丹下健三とか、「近代建築」の推進者たちだったことが面白いなあと思っている。品格のある時代だったと思うよ。あまりに惹きつけられたので、地域計画をやり始めた頃も自分は「計画家なしの計画」という姿を追い求めてみようと思ったくらいだ。しかし考えてみれば、それはアート・プロジェクトという分野にどっぷりとはまり込んだ今も、変わっていないのかもしれない。
 
ちょっと話が横道に外れてしまったかもしれませんね。ぼくも「土着」ということが基本と考えてはいるのだが、あまりにそこに執着するとまずいんじゃないかとも考えています。
 
で、川口さんのプロジェクト構想を読みながら、急に昔のSETI@homeというプロジェクトのことを思い出しました。それは1999年にカリフォルニア大学バークレー校が開始したSETI(Search for Extraterrestrial Intelligence)を支援するためのプロジェクトで、そのニュースに触れた時、あっ、これはすごい!と思ったものでした。普通は巨大なスーパーコンピュータが必要になる解析だが、それを世界中の家庭にあるPCを繋いで仮想のスーパーコンピュータを形成し、対処しようというプロジェクトだった。電波望遠鏡で観測した宇宙からの電波を小さな解析単位に分割し、参加者のPCにインターネット経由で送り、PCの空き時間で解析させ、再び研究所に送り返してもらって統合する。分散コンピューティングという手法だね。ピーク時には世界200ヵ国、500万人以上の参加者が参加したそうです。
このプロジェクトは2020年に終了したけど、一般市民が、自分が使っていない時間、自分のCPUを提供するという形でSETIの研究に参加するという、そのやり方に深く共感した。SETI@homeというプロジェクト名もチャーミングだと思う。ここから市民科学(Citizen Science)という領域が出てきたようだ。牧野富太郎がやった姿勢にも通じるね。
一人一人のやれることは小さくても、それが集まれば、やっぱりすごいことになる。不勉強だが、今ならDAOとかweb3とか、このような活動を支援する技術も格段に進んでいると思う。だから、最初は小さくてもいい。そして共感の波を広げていく。その時重要なのは、自分がやることは、あくまで小さなままであり続けることなのではないだろうか。誰かに過度な負担を強いたり、どこかに権力を集めて巨大化するんじゃなくて、各自は小さなままであり続ける。これが「鳥の計画」なんではないかと思うんだ。
 
もうすぐ15年だね。「恐竜の計画」が起こしてしまったことを忘れない。
 
2026年3月9日 芹沢高志
1バーナード・ルドフスキー著、渡辺武信訳 『建築家なしの建築』 鹿島出版会